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俺たちの青春群像と ゆかいな仲間たち!! アメリカビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

青春群像とゆかいな仲間たち!! 

仙台ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ





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1980年頃 同級生のスケがいた メリールーという女だけの

仙台のローラーグループのメリールーって 


この曲から 名が ついたんだと

思います。(推測ですが) たしか 1級下 だったようだ。




若い人たちや 1980年以降に 仙台で ロックンロールやってる人たち


には ちょっと古すぎて 分らない話ですが 



そういうグループも


あったんですよ。踊ってる写真は だせませんが。




ボビーソクサースタイルだったり Gジャン羽織ってたりして

1980年頃 よく おどってました。







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さて 最近 テレビで バナナ世代・キュウイ世代・マンゴー世代 

と生まれた年代別の


当時流行した、言葉やファッション・グッツ・食べ物・遊び・風習・


などを取り上げ


芸能人たちの青春時代には
 

このような ことが ありました!! という話題で

各年代に芸能人たちが、


トークする番組が あり とても面白いです。



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(昭和60年頃 仙台市一番町風景)


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(昭和40年代頃)


さて 今の時代に 消えた商売が 沢山 存在致します。

(昭和47年頃の話)


その中で とくに 印象深いのは 

金魚売り(軽トラの移動販売) 昔、昭和40年代は


デメキン(黒の金魚)が 1つの水槽に2.3.匹しかいなくて 


あとは 普通の金魚が沢山いる


水槽がり、軽トラに水槽を何台も積み 


{かわいい金魚ちゃん~~~が いっぱい いるよ~~~}



などとスピーカー越しに 騒いで売りに来てた金魚屋が 絶滅。


1匹 出目金で500円 普通の金魚 約50円程度でした。


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あとは 印象深いのは 家庭の畑に ケタタマシイ騒音を


立ててて散布機械で



農薬を散布するオジサンや 鮮魚を自転車の


木箱に氷を入れて生魚を売るオジサンや



竹の室内ほうきを売るオジサンや チンドン屋も

まだこの頃 いました。



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靴磨きのおばちゃんやオジサンなど





吾輩が 小学生の頃は 沢山いましたが 


現在は ほぼ絶滅致しました。




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現在の仙台 青葉通りの駅前近辺には 


靴磨きのおじさん・おばさんが 当時沢山いまして



1回 たしか 50円程度だった感じです。

 


革靴を雑巾で磨き 革靴専用のワックスかけて



革靴ピカピカに してもらうあの仕事です。



でも 現在は 誰も いませんね?


おそらく ロックンロールとか 古着屋もあと10年もすると 


昔 そんな お店もあったな~~!

なんて なるかも知れません。 


古い文化から新しい文化生まれ やがて消えゆく文化と



それを残そうとする者たちが 伝承者になれるよう 


今の時代に 伝えたい。というか最近 ロックは 



ブームに なってきてるんでしょうか?





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by fujiyama50s | 2014-10-31 22:03 | 50s店長日記 (43) | Trackback

キャロルとクールスの違い Hells Angels Forever アメリカ ビンテージ古着店 FUJIYAMA ブログ

キャロルとクールスの違い
Carol   Difference in cools 

Sendai United States
vintage old-clothes store  FUJIYAMA Blog



 仙台アメリカビンテージ古着

通販専門店 FUJIYAMA




FUJIYAMA 店長ブログだけを見たい方は、


右側の50s店長日記をクリック



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これは、あくまでも私個人の見解ですが、どこか軟派な不良受けする

業務用リーゼントバンドという認識であります。


(あくまでも、私の個人的な意見です)



 

キャロルのヒットソング


夏の終わり  レディーセブンティーン ヘイタクシー ファンキーモンキーベイビー など多数あります。



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1975年頃 日比谷で解散ライブ  クールスが、解散ライブの護衛にあたった。
 






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キャロルは、クリームソーダとも関係があった。



新宿怪人二十面相で、キャロルが 出入りしてたらしく


人気も当時から凄くあったと聞いている。


キャロルのライブがある時は、長蛇の列が出来るほどあつまったようだ。

 


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キャロルの解散後に、クールスが音楽バンドとして、キングレコードから



(黒のロックンロール)のデビューアルバムを出すのだが、



よく誤解されるのは、クールスは、キャロルの弟分のような認識をもっている人たちが多いことに、驚かされる。

 あくまでも、このバンドの関係は 対等 
である。
 


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キャロルは、音楽をやる為に、結成されたバンドに対しクールスは、

元々は、舘ひろしを中心に岩城滉一や、佐藤秀光の3人で原宿のレオンという喫茶店で、

オートバイチームを結成すべく 集めた 集団で、黒のイメージの

ロックンロールとオートバイをコンセプトに バイクのスピード感と ロックンロール

を武器に 原宿を中心に 17人のメンバーを集めて 舘ひろし の独裁チームとして

クールスのメンバーの証のカレッジリングが そのメンバーである証拠であり

結成式を行い、当時は 芸能人になる気は まったく 無かったと言う。


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1974年東京原宿 黒い革ジャンパーにリーゼント


黒い巨大なバイクを乗り回す集団がいた。


彼らのチーム名は   「クールス」



その集団のリーダーは「舘ひろし」


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そしてサブリーダーは「岩城滉一」



彼等は、原宿で


似たような風貌の連中を面接して、血判書にサインをして

舘ひろしの独裁チームで、仲間にしてあつめた


メンバーとクールス自伝本に記載されいる。


(原宿ブルースカイ ヘブン)



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つまり、音楽バンドをめざしていた訳でもなく、


ただアメリカのヒッピー暴走族
 

ワイルドワンのようなハーレーに


跨る日本の ヘルスエンジェルス のようなグループであった




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原宿は今ほど賑やかではなかったが、

わりと業界人やカメラマンなどオシャレな大人が集まる


閑静な住宅街だったところに


クールスが20人くらいであつまると、


非常に目立ってマスコミからたびたびインタビューを受けて有名に


なっていったようである。




だが、岩城滉一は、バンドには参加しなかったことから



他のメンバーとの間に、溝が出来て、徐々に 舘ひろし たちとは


行動を別々にとるようになり、



キャロル解散後は、芸能界入りのキッカケとなる、


映画出演とバンドと


決裂し離れていくことになったと記載してある。



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その後、他のバンドメンバーとも、折り合いが悪くなり、


舘ひろしも、クールスを2年弱で、脱退となった。



しかし、時代はまだクールスを必要としていた。 


レコード会社が、クールス解散後

間髪いれず、クールスロカビリークラブと改名しすぐさま 



ファーストアルバムをだした。

 
 


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こんな紹介記事がる。 当時物である。 



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どちらかと言うと、キャロルの解散後にデビューしたクールスは、


キャロルよりも吾輩たちからすれば、カリスマ的存在であった。



理由その① キャロルとは、同じリーゼントスタイルではあるが、



歴然としたカッコ良さがクールスはあった


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理由その② クールスの音楽は、キャロルとちがい


不良的音楽リズムとセンスの違いがある。

理由その③ キャロルは、普段リーゼントスタイルでは、


なかったそうだ。クールスは、普段からあの風貌で、


皮ジャンからオートバイに至るまで、





現在のチョッパースタイルをいち早く日本に取り入れていた。


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女受けは、キャロル 不良受けは、クールスの違いがある。



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キャロルは、どことなく甘い感じのメロディーに対し、


クールスは、リズムのスピード感がとても良く、




バイオレンス的なルックスに当時の暴走族全盛期の


昭和52年~55年あたりで、

中学・高校時代を過ごした今の49歳~52歳位のおじさんたちは、



黒の単車に乗りCB400(HONDA) カワサキKH400  


ホーク2 などの自動二輪を乗り回し革ジャン・


リーゼント・サドルシューズなどのイデタチで、

意気がっている時代で当時は、かなり不良青春だった。



その影響は、やはりクールスの音楽デビューあたりから急速していった。


それまでは、フォークソングや歌謡曲などの大学のサークルのような


感じの音楽ばかりだった。

 



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クールス解散後、舘ひろしは、プレイボーイの取材で単独 、


ニューヨークにて当時のヘルスエンジェルスなどの取材もしている!!

 




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クールスの完成されたスタイルを検証できる映像があります。










この当時こんなスタイルしてるチームはいませんでしたよ!! 



お断り  これは あくまでも当時の吾輩の 思い出 話としての


ブログです。


これは、あくまでも個人的な意見ですので、



商品を推奨するためでは、ありません。
 









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Hells Angels Forever


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仙台FUJIYAMAホームページに移動します




お知らせ

FUJIYAMAホームページが !終了します!





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by fujiyama50s | 2014-10-31 22:03 | 50s店長日記 (43) | Trackback

元祖VANやJUN が ジャパニーズ不良スタイル! アメリカ ビンテージ古着店 FUJIYAMA

VAN や JUN が   元祖ジャパニーズ不良スタイル! 


アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ




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VANのイメージは 大学のIVYのイメージと 思っているのは

あくまでも 団塊の世代の頃の 話。

1970年代は 現在のストリート カルチャーの原点でも 有ります。



三峰は 原宿や 新宿 もちろん仙台にも 1970年代~1980年代も

存在しておりました。 当時 IVYは 洒落者たちの 憧れのブランドで

1970年代 初期から サイドバックリーゼントや 刈り上げリーゼントで

赤のエンブレムのIVYブレザーの白のコッパンの濃紺の

ケッツスタイルなんて 不良も いる いわゆる ソッシュが 存在して

いたと 当時の 原宿店長から 聞いてました。

もちろん 少数派では あったようですが 東京の新宿 繁華街で

ジャパーニーズ・ソッシュたちが ストリートギャングとして

抗争している 時期が あると聞いて おりました。

毎日が ストリートオブ ファイヤーだったらしいです。


そんな 1970年代初頭から ホークやビートルズエイジたちを

尻目に  脈々と 不良文化のファッションは 存在して 来ました。






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by fujiyama50s | 2014-10-29 18:13 | ビンテージポスター | Trackback

ビバ ラスベガス!!ビバ アメリカン!! アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

ビバ ラスベガス!!ビバ アメリカン!! 


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2002年頃 仙台に カラーという雑誌が あり



仙台って アメリカ古着の街とか 言われて たしか店舗数



約80店舗~100店舗程度 有りました。





その雑誌に よく 広告だしませんか?と言われ




よく取材をしたような 広告が 有りました。


広告業界に いた吾輩にしてみれば

 

1回目は 無料掲載で



反響が あれば 2回目から 有料というスタイルです。





もちろん全国雑誌も 同じ手法です。





広告は 宣伝という意味では 認知されますが




費用対効果という ことに関すると 


無駄な経費に なります。




つまり 雑誌の広告には 1ページ 表紙裏ページだと




地方雑誌でも 50万円程度は かかるのです。



全国雑誌なら 200万~300万円程度は 行きます。




1つ いえることは 集客は 広告で 


集まれば 誰も苦労は


いたしません。

  


マーケットの小さい商品や その商品に 対するマーケッターが



お金を 投資しない層で あれば 



確実に 費用対効果は 出ない。




安いものに 飛びつくお客を 


いくら 集めても ムダということです。




つまり 古着も 安ければ 買うという層をターゲットに


しても ムダというこである。





価格が 高いものでも 売れる商品!!これが1番 良い商品




選択です。 「早く」 「安く」のは 売る側の 思い違いに


 

過ぎないのである。つまり ポリシーのない商売は



長くは 続かないということである。




それは 後程 ご説明いたします。




失敗した 立場の者として。








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by fujiyama50s | 2014-10-28 20:09 | ビンテージスタジャン(42) | Trackback

昭和 最強ロカビリー油性ポマード メヌマポマード登場!!アメリカ ビンテージ古着店

昭和 最強ロカビリー油性ポマード メヌマポマード登場!!


アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ



メヌマポマード って まず 50歳前のロカビリーマンでも

知らないと 思いますので 友人が 紹介してくれ!!との

ことでしたので ご紹介いたします。


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このポマードは 幻の昭和の競馬ポマードと 

いい勝負できるレベルのポマードで 昭和のロカビリースターたちも

愛用してた ポマードです!!

香は 上品な石鹸のような香りです。


(非売品です!)








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by fujiyama50s | 2014-10-26 16:53 | 髑髏 ホラー (15) | Trackback

昨日から ビンテージスタジャンを着用してますよ!!アメリカ ビンテージ古着店 FUJIYAMA

昨日から ビンテージスタジャンを着用してますよ~~!!

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積極的に 最近 ヴィンテージおやじに なってますよ。


でないと のってこないもんで。

えっ誰が!?すか? もちろん 同級生ですね。


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( なんか もう似合わないけどね!! )


まず こいつら から 落とさないと 画像も 


出せない状況なんですよ。



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ラバーソール 履いて 来い!!


「じゃ~俺から 親父50sで 行きますよ~~~!! 」ってか!!



若い時だったら いいんですが あくまでも 親父ですので



ご理解の程ですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ビンテージスタジャンって カッコイイですよ~~~~~~~!!



あと 20年若ければ もっと ヤセて いたんですが・・・・



とりあえず 全国のビンテージ古着ショップ  ガンバレ!!






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by fujiyama50s | 2014-10-24 20:53 | 50s店長日記 (43) | Trackback

1979年 実際に 電車内で あったこと!! アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

1979年 実際に 電車内で あったこと!! 


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1979年 日常的な 出来事の中の 1つです。


或る日の 学校帰りに 電車内で 隣の車両が 騒がしい!!



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「 なんだ!? 何か もめてんのか!? 」


で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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ってことになり 隣の車両に 行きますと

同じ 高校のクラス違いの同級生が

訓練校らしき 同じ年の連中に からまれて いました。



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だが そいつは 余裕かまして おりましたので

ちょっと 見学的な気分で 見てました。


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すると その 訓練校の2組が 助っ人に 来たと

勘違いいたしまして・・・・・・・・・・・・


ボンタンスリムのGパンに マジックで 愛國 と記載してある

Gパンを 我々に 見せつけられまして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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あまりの 馬鹿らしさに 同級生も 戦意喪失となり・・・・・・・・


女子高生には 大笑いされて 次の駅で

下車して 行きました。

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このような 出来事は 昭和50年代では

普通に よく ある程度の 出来事なんですが

あの2組が やけに 印象深く 残って おりました。


おしまい!!






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by fujiyama50s | 2014-10-23 19:32 | 50s店長日記 (43) | Trackback

物・物・物 そして けたたましい音 アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

物・物・物 そして けたたましい音 !



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若い頃は みんなで 陽気に 騒いで ロックンロール!!


でも 最近 やけに 騒々しく 感じたりも 致します。



たき火の パチパチする 音とか


焼きはたの香が なつかしい感じのする 今日この頃。




最近は 大型ショッピングモールなど 休日 家族で 出向き


ますが 1店舗  1店舗 見ても 物・物・物で 溢れて



ますが 何を見ても 感動が なくなった感じです。



昭和の子供の頃は 新しい物が 沢山出てきましたが


生活には  便利な物だったり 必ず生活に 必要な 物では


ありましたが、今ほど 無駄な物は まだ少なかった。



ケタタマシイ音楽は 騒音のよに 耳から すり抜けていく。



物は 所詮 物に 過ぎない。



それに 気が付くのに かなりの時間が かかりました。


実際に 1984年頃に 同じことを 言われました。


あの時  すでに そう考えて 行動していた感じです。


どんな 高級な物でも 物は 物でしかない。



この世は 物質界と 言われています。



物は 掴むと アワのように 消えていく。




情報は 錯綜し 困難をきたすので スマフォは 持たない。




便利さは 人間の心を 停滞させ 楽なほうへ 楽なほうへと



向かい、本質的な本能は 低下し やがて



競争社会に なっていき 勝ち組が 正論化する 



過てる想念の世界へ 失墜していくだろう。









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by fujiyama50s | 2014-10-22 19:20 | 50s店長日記 (43) | Trackback

1985年 材木屋ヴォイス周辺の おでん屋 アメリカ ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

1985年 材木屋ヴォイス周辺の おでん屋の屋台 


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さて 常に サイフに 1500円程度の所持金しかない状態の

20代前半は 決して おでんは 気軽に 喰えるものでは

無かった。  だが ちょうど 今頃の時期 銭湯帰り そのまま

アパートに 帰るのも 味気ない感じなので 東郷神社の手前の

材木屋周辺に たまに おでんの屋台が 出ていて


当時は 幻のおでん屋と もてはやされて いました。



当時銭湯料金 約350円程度の時代です。

残金 1150円で どのくらい おでんが 食えるんだろうか!?

真剣に 考えていた時期でも 有ります。


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そこで 思いきって 暖簾をめくると 誰も いない!?


「 いらっしゃい!! どうぞ!!すわって!! 」


あわわわわわ~~~~~~~~~~~~


「 たまご と ちくわ と いとこん と 大根 」ください!!



そんな おでん屋が とても イキで おいしかった!!

1985年でした。

そこで 昨日は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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でした。
   




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by fujiyama50s | 2014-10-21 21:00 | 50s店長日記 (43) | Trackback

OLD ROCKNROLL CLUBの立ち上げ  アメリカビンテージ古着店 FUJIYAMA ブログ

OLD ROCKNROLL CLUB の立ち上げ  


仙台ビンテージ古着店  FUJIYAMA ブログ

平成26年 4月15日 をもって 

アンティーク通信販売事業を終了しました。




仙台FUJIYAMA アメリカビンテージ古着店 通販専門 






1979年頃 高2の頃の話


仙台にクリームソーダとか


クールスの店 チョッパーも出来た。


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チョッパーは、仙台駅の現在のアエルの前X橋という小さい駅裏に渡る細い道路橋が

有り、その脇路地に細長い怪しいビルが有り その3階か2階あたりにひそかに

出来てた。あの辺あたりは、よく怪しげな連中がウヨウヨ 昔はいました。

オルナミンCビン のトル〇ン入れてる バイヤーとかエロ本屋とかあり

カツアゲの屯地帯 だったり仙台でも当時治安悪くて、みんなあの辺には

近ずかないほうが 良いとさてる 危険地区 でも有りました。


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吾輩たちは、仙台〇英だが、同じ中学の同級生は 他校の東〇学園の レスリング部に入部

している関係上その他校との交流もあり

放課後よく遊んでたので、その中の一人が、黒の皮のロングファラオを着てたのを見て

吾輩が(その皮ジャンクールスとか着てる皮ジャンか?)と聞いたら

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そいつが、仙台のチョッパーでポマード買ったら目に付いて、親に金借りて購入したことを

聞いた 仙台にもチョッパー出来たんだと認識しました。

その皮ジャンが、このレコードで見ていたので、すぐ分りました。

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(で?いくらよ?その皮ジャン?)  (いくらだと思う?)


(3万円位は すんのか?)  (5万5千円よ!!)  (えっそんな すんのが~~~?)

(おまえ かっぱらってきたんじゃね~~のか?) (バカ そんなことすっか?)

などと言う 会話をした程 驚いた記憶有り。

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今、考えると吾輩たちの時代の男たちも 洒落っ気は半端なくあったよ!

香水は、バルカンかタクティクスなどみんな高校生のくせに

ポマード+香水=いいナオンにモテルと言う図式が当時あったよ。

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その頃 吾輩たちの学園の一部の連中の間に、刈り上げリーゼントにしてる連中を

食堂などでで見かけることが、しばしあった。


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 当時は 刈り上げのイメージは

小学生の坊ちゃん刈りとかタラちゃんの頭のイメージしかないので

リーゼントと刈り上げという法則は、妙な感じで違和感があったが

どうも同じ中学出身連中が、やり出したのが始まりで、大正時代のようなヘアースタイルで

東仙中出身のSに 聞いた。 

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(おまえの頭なんでそんなに?刈り上げてんの?)

S君いわく (今50sクラブ作ってんだよ!ツイストとか踊るほら原宿のあるだろう?)

(あ~~~はいはい!でもなんで刈り上げなんだ?) (どちらかと言うと皮ジャン バリバリのクールス

のような感じではなく アメリカングラフティーのような50sを意識した感じがな!?)

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(ふ~~~~~ん!?わりと刈り上げ似合うじゃね~の?)  (んだが?あんがと!今度勾当台公園に

遊びにこいよ!俺ら踊ってからよ!!) (なんだ?随分 軽いノリだな?)

(アメリカンっていってよ!!)  なんだ?こいつは?見た目は怖そうだが  ノリがやっぱ軽いな?


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(んだが?今度暇見で行ってみっから)

などと言う会話から 始まった気が致します。

のちの7月位の日曜日 勾当台公園に 行ってみました。


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by fujiyama50s | 2014-10-20 23:01 | 50s店長日記 (43) | Trackback