クラブ文化が できた頃  アメリカ ビンテージ古着店 FUJIYAMA

クラブ文化が できた頃  

アメリカ ビンテージ古着店 FUJIYAMA

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クラブ・・・・・・って 別に スポーツクラブことでは なくて・・


夜のクラブのことなんですが・・・・我々が 20歳頃までは そのクラブという

 

呼び方は 存在してなくて  銀座のクラブ というような 呼び方の キャバレーは




クラブという 呼び方をしていました。





飲み屋と言う 場所は 中年の社交所であり 演歌歌手のカラオケが 流れ




酒を飲む場所という イメージは 中年のオヤジが カウンターで



着物を着た オカミさんと 鍋でも食い カラオケで 満喫してる イメージしか




ありませんでした。


クラブの名前に マダムの実名を 使用していた お店も 多いのが 現実的で



「飲み屋」ってのは そんな イメージだった。




ところが・・・・・80年代・・・特に 82年頃から クラブという




イメージが 中年のクラブから 若い若年層の いわゆるディスコよりも



より ゆったりと・・・・ 洋楽を店内に BGMとして 流し カクテルを

 

やけに バカ高いテーブルと 足長イスの 腰掛けて



お洒落な会話を 楽しむ 社交場へと 変貌していった。





もちろん これは ブルータス anan  などの 雑誌の 影響も あり



ディスコで 汗を 流しながら カッコつけるよりは より グレードの



高い DCブランドを 着て すかした連中が そのフィールドを確保して



おりました。 



その時代に 出た クラブカルチャー(文化)が



時代に いかにも わたしは 「 悪 」 という たぐいの人種は・・




隅へ 追いやられ・・・・時代のの波に 飲み込まれ 



クラブカルチャーと呼ばれた文化が 時代の先端の人種に なったいきました。




テクノロジーという言葉から テクノという 電子的機械的な 音楽・ファッションの



中心的な 動きになり 長渕や 泉谷は なぜか?不良的 フォークソング



メッセージシンガーになり 以前までの 文化は すでに もう終焉を 迎えていた。




イタリアンの文化も この時期に 浸透してきまして・・・・




以前までは ナポリタンに ドバッと 粉チーズを ぶっかけて

 

カッコつけて いた連中は・・・ミートソースやら デミグラスソースの



存在に 気が付き アメリカ・・・よりも イタリア いや ジャマイカ・・



ラスターカラーって なに? みたいな 感じになっていきまして・・




原宿でも ハッパ関連のグッツを 販売してるお店も ボチボチ出てきました。





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どこまで セーフで どこから アウトなんてのが 危うい時代に なってきました。





ワルって いう定義が 徐々に  民営化してきた時代に なってきました。




いかにも ワルですよってのは もう 田舎者で・・・・・



善人面した・・・ワルが でてきたのも この時代の 大きな特徴でも あります。




さて・・・・・・・ここからが 本題ですが・・・・・・・・




実際にですよ・・・・・




クラブって 当時いきますと なにをしてるのか? ということが 問題で



遊び人が たむろって まあ勝手に やるのは いいですが・・・




クラブ自体に・・・・ 当時問題が ありました。







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by fujiyama50s | 2017-07-23 22:52 | 50s店長日記 (43) | Trackback

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