ジェムス・理由なき反抗 50s LEE101 Gパン アメリkaビンテージ古着店 FUJIYAMA
ジェムス・ディーン 理由なき反抗 この映画から50s Gパン
アメリカビンテージ古着店 FUJIYAMA ブログ
平成26年 4月15日 で
アンティーク通信販売事業を終了しましたので
ご了承くださいませ。
(それなりに ロックしたよ!
べつに クリソ無い時代でも!!!!)
(別に 自分達が 良いと思えば 関係ないよ!!それが ロックなんだよ!!)
みなさんは? 今 世の中で Gパンを履くのは
日常的で 当たり前ですね!?
でも いつ頃から、一般の子供からお年寄りまで
履く 普通の商品に なったのでしょうか?
当たり前すぎて 意外と知らない人が 多いんですよ!!
そう この映画 1950年代に上映された
ジェムス・ディーン 理由なき反抗 この映画から
Gパンが メジャー商品に なったみたいです。
そのGパンが LEE 101なんですね。
高校の時(1978年~1980年頃)は リーバイス501だと 思っていました。
そのくらい 古着や洋服の情報も種類も 少ない時代でした。
今じゃいろんなメイカーやスーパーやユニクロなんかでも よく売れている
あのGパンです。 なんせ アメリカでは
作業用のズボンとして 1890年頃から存在してましたが
あの本場 アメリカでも 1950年代
ジェムス・ディーンが 理由なき反抗で
Gパンを履いてなければ こんなに
メジャーなズボンには ならなかったと
思います。 たしか マーロンブランドも 乱暴者 という映画では
Gパン履いてましたが
やはり アメリカで Gパンとティーンエイジャーという言葉も
この ジェムス・ディーンが
理由なき反抗で 若者=ティーンエイジャーとう認識が
できました。 赤のドリズラー(マクレガー)と
BVDの白のTシャツ(当時は下着)
そして Gパン このスタイルこそ
当時のアメリカの1950年代のグリーシースタッフキッズたちに
爆発的な人気をよんだ原型スタイルなのです。
マーロンブランドの影響は WB型のライダー皮ジャンが バイカースタイル
の代表のような感じがしました。
のちに クールスが 日本で有名に しました。
当時は フードラム スタイル と呼びました。
今では 赤いジャンパーに白無地TシャツとベルトなしGパンスタイルなんか
当たり前でしたが 1950年代にこの映画で Gパンを履いた若者こそ
アメリカの不良少年たちの 憧れのスタイルに なったのでした。
アメリカの大人たちは Gパンを履く 若者に
何を作業ズボンなんかはいてんだか?
と思っていたに 違いない! でも日本では
この頃まだ だれもGパンなど 履いてる人
などいない。日活映画をみても 銀幕のスターが
Gパンをはいてる姿は 見たことがない。
時、昭和32年頃である。
アメリカでは ジェムス・ディーンが 理由なき反抗 は大ヒット
でしたが 日本では あまり 文化の違い有りすぎて
今一人気が 無かったと言う。
むしろ エデンの東 などが 受けていた。
たかがGパンだが 今 世の中で 復旧していった 背景には こうした
アメリカ映画による影響は 多きと言えよう。
しかしながら こういった文化は
現在 若い世代に 伝わらず デザインや形・色の落ち方など
本来のGパンと言う
作業ズボンからの昇華した品物であるようです。
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by fujiyama50s | 2014-10-03 07:55 | 50s店長日記 (43) | Trackback